伝説のロレックスデイトナ用 ポール・ニューマンモデルの忠実な再現

デイトナファンにとってポール・ニューマンデイトナを所有する事は夢であり憧れである。 手巻きデイトナのコアなファンの間でたびたび話題になるストラップがある。

 

通称ポール・ニューマンストラップと呼ばれる台座付きのストラップで、ポール・ニューマンがレース出場中に着けるデイトナに装着されていた黒の艶消しクロコダイル製の台座付きストラップだ。その昔世間を騒がせた珍獣「ツチノコ」のような形をしたストラップである。 ポール・ニューマンがそのストラップを装着してレースに出場しているスナップ写真や、それを腕に巻きポーズを決めたポスター写真はいくつもあるがその詳細は明らかでなく、正式に市販された記録の無い謎のストラップだ。

 

松下にはそのストラップを忠実に再現するプロジェクトに取組み完成させた実績がある。 2012年5月松下に突然電話がかかってきた。「腕を見込んでポール・ニューマンモデルの忠実な再現をお願いしたい。一度会って打ち合わせをさせてもらえないか?」松下は当時自らが経営していた銀座の「時計 Bar」でMと名乗るその人物に会う事にした。

松下にはそのストラップを忠実に再現するプロジェクトに取組み完成させた実績がある。 2012年5月松下に突然電話がかかってきた。「腕を見込んでポール・ニューマンモデルの忠実な再現をお願いしたい。一度会って打ち合わせをさせてもらえないか?」松下は当時自らが経営していた銀座の「時計 Bar」でMと名乗るその人物に会う事にした。


M氏はたくさんの資料を詰めたスーツケースと手巻きデイトナ エキゾチックダイヤル2本、世界のあちこちで依頼し作らせた多数のポール・ニューマンモデルストラップを持参して現れた。 聞けば、熱心なコレクターでデイトナを多数所有しており、当時のパリのオークションでポール・ニューマンデイトナを、億超えで競り落とした日本人がいると話題になったその本人であった。


M氏は世界のあちこちのストラップ工房にその製作を依頼してきたがどれひとつ満足のゆくものが完成しなかったとの事だった。 M氏は松下の噂を聞きWEBで松下の作品を確認して、最後の依頼先として訪ねてきたのである。

「報酬はいくらでも支払う。とにかく細部にわたって忠実に再現してほしい。形状、サイズ、質感はもちろんの事、ワニ革の目、ステッチの詳細、厚みに至ってまで、とにかく忠実に再現し完璧なものを完成させてほしい。期間も限定しない。ただし、定期的に研究の状況と製作の進行状況の報告はしてほしい。」M氏はこれまで集めたスーツケースいっぱいの資料と世界中の工房で作らせたポール・ニューマンモデルストラップを松下に託し銀座を後にした。

時計への愛情とストラップ作りに関し誰にも負けない情熱を持った松下は、研究と試作に没頭した。研究成果をひとつひとつM氏に報告し議論し試作品を作り続けた。そして、4ヶ月と1週間で遂にM氏も満足するポール・ニューマンモデルの忠実な再現を成しえた。 そのポール・ニューマンモデルを10本作った時に、もう一つ別のタイプのものがある事も突き止めそれも3本作成し、合計13本のポール・ニューマンモデルがM氏に手渡された。 M氏は松下に希望のオーダー料金をいくらでも払うと再度申し出たが、松下は特別な報酬は請求せずに通常のストラップオーダーの料金のみ受取り、預かっていた資料とストラップのサンプルを返却した。 その時M氏から「この研究成果はM氏と松下だけが知るものとし、門外不出にしてほしい。この研究成果を買い取らせてほしい。」と重ねて高額を提示されたが、松下はこの研究プロジェクトの指名を受け携われた事に感謝し対価は受け取らずにこの成果を門外不出のものとする事を約束した。

それから数年後、再度M氏から連絡があり「これまで約束を守ってくれてありがとう。そろそろ世に出して商売の足しにしたらどうか。」と提案があったが松下はもう暫くの間は忠実な再現モデルは世に出さずに、何かのキッカケや転機が訪れた時までは温存する事にした。それまでは再現モデルに松下なりのアレンジを加えたモデルを製作販売することにした。